横沢史穂のブログ

祖父が、ラバウルで負傷した陸軍の傷痍軍人でした。左右のイデオロギーに関係なく、戦争経験者の話を中心に編集したいと思っています。

日本海軍はイギリスが育ての親

日本海軍は明治以降に急に出来た軍隊だから
歴史が浅い
 
本格的な海軍の養成は歴史が浅く、明治以降から
 
本格的な日本海軍のシステムは明治になって初めて、イギリスから付け焼刃的に導入されました。
 
ですので日本は、海軍の文化は地に足がついていないのです。
ですので「陸海軍」の呼称通り、日露戦争の開始までは海軍の統帥権は陸軍に属していました。
「陸主海従」という形で。
どこの国でも、これが正しいのです。
 
確かに、戦前の日本海軍の「装備」は世界最強でした。
しかしよく考えていただきたいです。
 
大手軍需企業 ビッカース社が戦艦三笠や戦艦金剛を建造したり、海軍航空隊を指導したり、戦前の日本海軍を育てたのはイギリスです。
 
「豚は太らせてから喰え」
「敵はある程度強くないと困る」
 
の哲理通り、ユダヤ資本ビッカース社が中心になって「あえて日本海軍を育てた」から、日本海軍の「装備」は世界最強にまで上り詰めた、とも言えないでしょうか。
これは私の仮説ですが。
 
しかしそうでなければ、絹や茶を輸出していた日本が、短期間であれだけの世界最強の艦隊を単独で作れたとは思えません。
 
つまり戦前の日本海軍は、親であるイギリス(その背後によるユダヤ資本)によってバブルの様に膨らまされたと言えないでしょうか。
 
(ただ「教え子」である日本海軍は、親たるイギリスの想像以上に凄まじく強くなってしまったという点は、想定外だったでしょうが)
 
ですから、大東亜戦争開戦時の日本海軍は「装備」つまり「ハードウェア」こそ世界一であっても「戦略思想」「長期的計画性」「人事・賞罰」等と言った「ソフトウェア」が、「ハードウェア」の進歩についていってなかったと私は見ています。
 
つまり日本海軍は、「ハードウェア(軍艦)」と「ソフトウェア(戦略観)」とのバランスが取れていないのです。
 
日本海軍上層部の「ソフトウェア」つまり「戦略思想」「長期的計画性」「人事・賞罰」は全くお粗末でした。
 
そしてこれらの欠如と弾力性のない硬直人事等が、日本海軍だけでなく国家そのものを滅ぼしてしまったのです。