「父」がいなければ、格固たる自我が形成されない
子の人格形成期において、「愛する母」の相方である父を殺す事(乗り越える事・克服する事)によって、子は独立した自我を形成し、少年から大人に成長していきます。
少年が大人になる為に当然、経なければならない心理プロセスです。
その辺の事をある本で読みましたが、その本いわく、
その辺の事をある本で読みましたが、その本いわく、
「父」は、外的な力として子の前に現れる。
「父」とは、子が直面する現実社会そのもの。
それが無ければ、内面の空想世界に浸る事になる。
または、現実世界と折り合いがうまくつけられず、その都度その都度「自我の代理」を求めて分裂的な行動を取る。
エディプス期をうまく経過できないと、自我形成がうまくなされない
と書かれていました。
祖母によって男性性が剥奪され、かつまた「父不在」の環境で人格形成期を過ごした少年時代の三島由紀夫 先生は、この様な形で自我の形成に苦しんだ形跡が、幾多の小説にダイレクトに反映されています。
ちょっとこれは書くのが憚られますが…。
悪く言うと、三島先生はある意味、現実を無視した己一人の妄想世界に浸ったまま、年を重ねた部分があるのだと思います。