おニャン子クラブforever....
おニャン子クラブの曲は「青春賛歌」
モチーフは「放課後の青春」
まさに一瞬で命が尽きる流星。
時代と時代の谷間に彗星の如く現れて、はかなく去っていった子猫達…。
このわずか、常時20人いるかいないかの半分素人の女の子達が、バブル極盛期・日本経済絶頂期の青少年達を、引きずり回していたのです。
私も「白球を追いかける青春」等という爽やかなイメージからは百万光年くらい離れた青春でしたが、「夕やけニャンニャンを追いかける青春」ではありました。
おニャン子クラブは私が中学一年の時にデビューして、中学三年の時に解散。
だからおニャン子の歩みは、私の中学時代と轍を一にしているのです。
私の中学時代の心のド真ん中には、常に輝いている彼女達がいた。確実にいた。
悲しくなるほど懐かしく、苦しくなるほど好きでした。
今となっては、甘酸っぱい想い出です。
という風に、おニャン子クラブはファンの我々自身の学校生活と同時進行的な、等身大のアイドルでした。
人が人を想う気持ちは、奇跡を起こす
一度しかない、かけがえのない青春をおニャン子クラブと共に全力で駆け抜けた当時のファンの人達、数十人が毎年この日に代々木公園に集まります。
そこで解散コンサートの動画を流し、スクリーンライブを開催するのです。
私も毎年、参加しています。
おニャン子クラブ解散コンサートは、
現代版「もののあはれ」
もののあはれとは、永続性への思慕の念。
青春というのは、はかない。煙の様にはかない。
だからおニャン子クラブの解散コンサートには、青春的なものが全て詰まっている。
青春がここにある
青春が詰まっている
現在と1987年の境目がなくなり、中年の我らを一瞬にして思春期に引き戻す光速のタイムマシン。
このおニャン子解散コンサートの映像は、もはや歴史的資料であり、画面から青春が溢れています。
映像に向かって声援を送る。
それを解散の翌年から、何十年もやり続けて来た…。
このイベントを知った時の私の衝撃を、どう説明したらいいでしょうか…。
誰も想像しえない事が奇跡なら、
おニャン子ファンのこのイベントは まさに奇跡
このライブでファンが想いを馳せているのは「おニャン子の曲そのもの」だけではなく、かつて自分がそこにいた「おニャン子全盛期の時代の空気感」であり、これらの曲に胸をときめかせていた自身の思春期の甘い記憶なのだと思います。
個人的には『恋のチャプターA to Z』の「🎵指の先でメルヘンして」という、可憐な箇所が好きです。
美奈代とゆうゆの『割ってしまった卵』も、(それが彼氏なのか家族なのかわからないけど)大事な人の為に「おいしい料理を作ってあげよう」としている所にも、日本的なしおらしさを感じていました。
おニャン子クラブに限らず、でしょうが、昔のアイドルは、どんなに肌を露出して性的な踊りをしていても、ふとした仕草や一瞬の表情に「日本女性的な奥ゆかしさ」が透かし見える事が多い。
「この子、歌ではこんなエッチな事を言っているけど、本当は一途な子なんだろうな」というのが、こちらに伝わって来る。
まるで日活の青春映画の様な、
心の中の映像アーカイブス
昔のアイドルは 表情が豊か
性的に過激なおニャン子クラブの曲の裏には「実は校則に縛られている素人のお嬢さん」というのが、無意識的な背景にある。
普段はとてもそんな事は言いそうにない、やりそうにもない箱入り娘のお嬢さん達が、背伸びするかの様に歌うあのエッチな歌詞は「本当はそんな人間じゃないんだよ」という事を逆説的に証明している様なもの。
ビーバップ・ハイスクールと一緒です。
あれは「友情や恋愛を、悪の中で表現した」作品だと私は思います。
世の中には、愛や友情を描いた映画はたくさんある。
しかしビーバップは、その愛や友情を「悪」の中で描いたからこそ、「白の中の黒」「黒の中の白」の様に、エッジが効いて陰陽の味が出ているのだと思います。
おニャン子クラブも、まさにそれ。
私達ファンの心の中のおニャン子に、終わりは無い。
私達の心の映写機に映し出されたおニャン子クラブは、いつまでも「あの頃」のまま。
いつまでも、いつまでも…。
おニャン子クラブforever....