戦後の日本は、戦没者への「鎮魂」が済んでいない ☆ 横沢史穂

明治生まれの祖父が、陸軍の傷痍軍人でした。百万人の陸軍将兵が敵と戦う前に餓死・戦病死させられたあの戦争。その責任がある山本五十六達の敗戦責任を明確にする事こそ、全戦没者への「鎮魂」ですが、戦後日本は「鎮魂」が済んでいない。更に現代の「毒親」も追及します。

敗戦責任の明確化こそ 興国の大業 15

真の鎮魂とは…
 
そもそも戦没者への鎮魂とは、単に「祭壇に花を飾る事」でも、「祭壇に閣僚が参拝する事」でもありません。  
真の鎮魂とは「敗戦の責任を明確にする事」です。
 
例えば、ミッドウェー海戦だけでも、3000名の方達が命と引き換えに、「海軍上層部の官僚的硬直人事」の弊害を示してくれたのです。   
 
この敗戦責任を明らかにしなければ、亡くなった御霊は浮かばれない。 
 
しかし、戦争中も今も、そういう事に報いてない。ただ、「祭壇に花を飾る」だけ。
ただ、「不戦を誓う」だけ。  
 
しかしこれらの行為は「慰霊」であって「鎮魂」ではありません。  
 
戦後の日本は、「鎮魂が済んでいない」  
 
「英霊を顕彰する事」と「後方の安全地帯にいて失敗の責任を取らずに隠蔽して責任回避した指導者を糾弾する事」は、等価です。