横沢史穂のブログ

祖父が、ラバウルで負傷した陸軍の傷痍軍人でした。左右のイデオロギーに関係なく、戦争経験者の話を中心に編集したいと思っています。

今こそ、伝えねば…旧軍人インタビュー ⭐️ リアル『永遠の0』にしてリアル『海賊と呼ばれた男』

藤本速雄 先生

1923年生まれ    空母『瑞鶴』ゼロ戦パイロット

『瑞鶴』沈没の日が、お誕生日。

この方の戦歴と人生は本当に凄い。超絶に凄い。もう「凄い」としか言い様がないです。

1944年6月のマリアナ沖海戦に襲撃。

ゼロ戦出撃170回。

全く偶然ですが、原田要先生のご経歴と藤本速雄先生のご経歴を合わせると『永遠の0』の主人公の人生になります。

この作品の執筆時に、百田尚樹さんは藤本先生をご存知なかったのですが、映画公開後にお会いして大変驚いたそうです。

「こんな人がいたのか」と。

藤本先生は戦後、出光佐三の下で働き、ガソリンスタンドを経営します。

まさにリアル『永遠の0』にしてリアル『海賊と呼ばれた男』。

私が初めてお会いしたのが、2014年。

おん年90歳でしたが、若々しくて60代に見えました。

新芽の香りをたっぷりと含んだ春風の様に、爽やかな方でした。

藤本先生については、また改めてゆっくりご紹介させていただきます。

2016年12月、残念ながら逝去されました。

その数日前に私達は「もう最期だろう」という事で、数人でお邪魔させていただきました。

ウソの様にお痩せになられており、正直、直視出来ませんでしたが、私達一人一人としっかりと握手をして下さって「ありがとう」「ありがとう」と、涙ながらにおっしゃって下さいました。

翌日、ご遺族の方からご連絡をいただきましたが、私達の訪問をとても喜んで下さっていたとの事。

その数日後に…。

7年経ったいま書いていても、五体が裂かれる思いです。

亡くなる数日前に、そして最後にお会い出来たという事で、僭越ですが私は、藤本先生の命の何分の一かを引き継がせていただいたと思っております。

私は、藤本先生のご供養を一生続けます。

合掌。