横沢史穂のブログ

祖父が、ラバウルで負傷した陸軍の傷痍軍人でした。左右のイデオロギーに関係なく、戦争経験者の話を中心に編集したいと思っています。

真珠湾攻撃を計画した連合艦隊司令部の愚かさ①

日露戦争の時は、明治維新の生き残りの武士達が戦争を指導しました。

だから勝負のカン所がいい。 

戦争を始める前に、ケツ決めをしてから戦争を始めました。  

勝負は始める前に、ケツまでの段取りや準備を、最初に全て終わらせておく。 
だから、勝負が始まった時には、すでに最後の勝利が見えている。
これが正しい戦い方です。
 
しかしアメリカと戦争した時は、江戸時代からの武士達はいなくなり、受験競争のエリートが指導しました。 
だから、勝負のカン所が鈍いんです。
理数系のお受験エリート官僚の集まりである山本五十六以下の連合艦隊司令部は、「真珠湾攻撃の後」の戦略を考えていなかった。
一回だけ華々しい花火を上げて、勝った気になっちゃって、その後の具体策は皆無。
ケツを最初に決めないで行き当たりバッタリの指導をしていたのです。
だから負けました。
信じられない無能さです。
 
その後のミッドウェーまで、浮かれたまま行ってしまったのです。
3頭のシェパードが牙を研いで待ち構えている敵の勢力圏下に、平時のお役所人事、平時の観艦式の陣形で出かけて行ったのです。
 
無能な指導者のもとで愚痴ひとつ言わずに戦って、命と引き換えに空母ヨークタウンを粉砕した亡き空母飛龍の搭乗員達に、我々が出来る事は、ただひとつ。
世界最強の連合艦隊を壊滅させた指導者達の敗戦責任を明確にする事。
それが戦没者への「鎮魂」です。