横沢史穂のブログ

祖父が、ラバウルで負傷した陸軍の傷痍軍人でした。左右のイデオロギーに関係なく、戦争経験者の話を中心に編集したいと思っています。

「日本的な強さ」とは

小埜隆 陸軍大尉殿(大正10年生まれ 陸軍士官学校55期)からお聞きした言葉です。
小埜大尉殿は戦後、陸上自衛隊に入隊し、一佐まで勤められました。
帝国陸軍軍人を、地で行くような方でした。
その小埜大尉殿が、
「一番末端で、人知れず泣いている二等兵の涙に思いが至らなければ、指揮官の資格はない」
と仰った言葉が、今も私の印象に残っております。
私はここに「日本的な強さ」が凝縮されていると思います。
ちなみに「西洋的な強さ」を例に取ります。
格闘技の大会がそれを象徴していると思います。
AがBを倒して、それをCが倒して、それをDが倒して…と、果てしなく極大を目指し続ける弱肉強食の、まさに帝国主義的な世界観が、そこで繰り広げられるわけです。
一方、「日本的な強さ」とは「どれだけ弱い立場の人間に寄り添えるか」です。
つまり、極大ではなく極小を目指すのが「日本的な強さ」。
そもそも日本人は「強い人間が相手をなぎ倒す」のではなく、牛若丸と弁慶、または怪物くんとフランケンシュタインを見てもわかる通り「小さい人間が大きい人間を従えている」姿が好きなのです。
そんな所にも、日本人の属性が表れている気がいたします。