横沢史穂のブログ

祖父が、ラバウルで負傷した陸軍の傷痍軍人でした。左右のイデオロギーに関係なく、戦争経験者の話を中心に編集したいと思っています。

海軍大学校のゆがんだ教育 ②

海軍大学校とは、教官の言う通りに答案を書いたら出世する世界」

これは、己は絶対に行かないクセに、特攻の制度化と出撃を担当した軍令部 第一部長(作戦部長)中沢佑 海軍少将がいみじくも自分で言っている言葉です。

つまり「考える教育」ではなく「暗記する教育」。

だから、金太郎飴みたいな人間が大量生産される。

しかし、学校で学んだ勉強の内容が実社会に適用出来ないのと同じで、彼らが教室で学んだ理数系の軍事学が、プラグマティックなアメリカ海軍の戦略に対応出来るわけがない。

また、特攻隊の出撃に携わっていた中沢佑 海軍少将も、恐らくその頃は家庭を持って子供もいる様な年頃。当然、保身に走る。

だから戦後になって、特攻隊について「私は知らなかった」等という事を平気で言い出す。

軍令部 第一部長の中沢佑 海軍少将の決裁がなければ、特攻隊の編成も出撃も出来ません。

陸軍は中国大陸担当。

海軍が太平洋方面の担当。

大東亜戦争での太平洋方面での戦闘は、こんな奴らに指導されて、数百万人の陸海軍将兵は命を懸けて戦ったのだ。