横沢史穂のブログ

祖父が、ラバウルで負傷した陸軍の傷痍軍人でした。左右のイデオロギーに関係なく、戦争経験者の話を中心に編集したいと思っています。

戦後の日本は、物は作っても精神は作って来なかった

本来の教育とは

知識の前に「精神」を教えるべし

 

あくまでも主観ですが私は、今の学校等で教えられる「自由」という言葉が、どうも好きになれない。

 

そもそも憲法で使われる「自由」というワードは、「国家権力の暴走から国民を守る」という意味であり、社会の秩序や倫理道徳を乱したり、誰かを傷つける「自由」は許されません。    

 

それに、何よりも「自由」には責任が伴います。

 

今の子供は、目が釣り上がっている子が多い

 

しかし、今の学校で教えられる「自由」とは、「欲望の無限解放」「義務なき単なる自分勝手」の別名な様に、私には見える。

 

なぜ、年端もいかぬ思春期の青少年に、義務や責任や倫理道徳を教える前に、欲望の解放を先に教えるのでしょうか。

 

人間は生まれたままでは悪ではないが、キチンとしつけないと、或いは倫理道徳を教えないと、その子は悪になります。

 

義務や責任の前に「自由」を教えられた子は目が釣り上がり、行き着く先は己の我欲を最優先する欲望追及の修羅道を歩む事になるのでは、と私は思っている。