横澤史穂のブログ

祖父が、ラバウルで負傷した陸軍の傷痍軍人でした。左右のイデオロギーに関係なく、戦争経験者の話を中心に編集したいと思っています。

死は別れではない ☆ 自衛隊 第12代 統合幕僚会議議長 竹田五郎 閣下との思い出

満腔の敬意と直立不動の敬礼をもって、本文をしたためております。

元陸軍大尉にして、航空自衛隊 空将。

第12代 自衛隊 統合幕僚会議議長 竹田五郎閣下。

戦時中は、戦闘機「飛燕」ごとB29に体当たりする244戦隊の第2中隊長を務めてました。

竹田五郎閣下に出会えた事は、一生の幸せです。

最初に出会えたのは私が19歳の時、平成4年(1992年)「三島由紀夫研究会」の勉強会にて、でした。

三島研の集いには、講師としていつもいらっしゃっていましたので。

また、動画を撮影させていただきましたが、私の42歳の誕生日には、二人きりで差し向かいでのお夕食を賜る栄に浴しました。

今、閣下の事を思い出しても、私は胸が一杯になる。

賜りました幾多のご厚情に、身が震えて来ます。

閣下の御言葉。

米国は同盟国です。
不幸にして戦う事になった米軍に、恨みはありません。
むしろ、尊敬しています。
お互い国の為に命を懸けて戦ったわけですし。
軍人というのは、敵味方を超えて、尊敬すべき対象ですから。

そんな竹田五郎閣下。

2020年2月12日、逝去されました。

享年98歳。

訃報に接し、私は天を仰いで慟哭し、地にひれ伏して嗚咽しました。

でも、今は悲しくないです。

なぜなら、死者と生者は一体だから。

だから例え幽明境を異にしても、竹田五郎閣下は私の心の中で生きている。

死は別れではありません。

たまたま心臓の鼓動が止まっただけ。

死でさえも、私と竹田五郎閣下の仲を引き裂く事は出来ない。

竹田五郎閣下は亡くなってはいなかった。